BIGBANGとは?投票と密着ドキュメンタリーで生まれた5人が、K-POPの地図を塗り替えるまで ― ヒップホップ、自由なステージ、そして「芸能人の芸能人」G-DRAGON

前回の「K-POP第2世代」の記事では、東方神起・BIGBANG・少女時代・KARAが日本を含む海外へ飛び出していった時代の空気をまとめました。今日はその中からBIGBANGだけを取り上げて、もう少し深く掘り下げてみたいと思います。デビューの経緯から、ステージの上での「自由さ」、そして20周年を迎えた今まで――調べていて「このグループ、相当変わったことをしてきたんだな」と改めて思ったので、その中身を書いていきます。

6人が5人になった夏 ― ドキュメンタリーとサバイバルで生まれたグループ

BIGBANGがデビューしたのは2006年8月19日、YGファミリー10周年コンサートのステージでした。ただ、その前段階がかなり変わっています。YGエンターテインメントは同年、「10代の新しいヒップホップグループを出す」と発表し、候補として6人の名前を挙げました。6年以上も練習生生活を送っていたG-DRAGONと太陽(テヤン)はすでにアーティスト契約を結んでおりデビューは確定していましたが、アンダーグラウンド出身のT.O.P、そして練習生だったスンリ、テソン、チャン・ヒョンスンの3人は、最終的に5人へ絞られる立場にありました。

この選抜過程を記録したのが、Mnetで放送された全10話のサバイバル・ドキュメンタリー『リアルドキュメンタリー BIGBANG(리얼다큐 빅뱅)』です。地上波・ケーブルテレビでの放送より先に、当時のインターネット動画メディア「GOM TV」で先行配信されたのもポイントで、公開からわずか2週間で100万回再生を記録し、放送開始前から大きな話題になりました。今でこそサバイバルオーディション番組は珍しくありませんが、2006年の時点で「デビュー前の練習生たちの葛藤や成長をドキュメンタリーとして丸ごと見せる」というやり方はかなり新しい手法でした。10話の放送を経て、最終的にチャン・ヒョンスンが外れ、G-DRAGON・太陽・T.O.P・スンリ・テソンの5人でBIGBANGはデビューします(チャン・ヒョンスンはのちにキューブエンターテインメントへ移籍し、BEASTのメンバーとして活動しました)。下の映像は、当時のドキュメンタリーの雰囲気が伝わる回です。

デビュー直後は「暗黒期」だった

ここまで手の込んだプロモーションをしても、デビュー直後の反応は決して良くありませんでした。デビューシングル《BIGBANG》は大きな話題にならず、当時を知らない人の多くは「BIGBANGのデビュー曲は『거짓말(コジンマル=噓)』」だと誤解しているほどです。2006年当時の歌謡界は、SG워너비(SGワナビ)やキム・ジョングク、버즈(バズ)といった男性バラード勢が主流で、アイドル市場でも東方神起・SUPER JUNIOR・SS501を擁するSMエンターテインメントとDSPメディアが圧倒的な存在感を持っていました。BIGBANG自身も後年、このデビュー直後の時期を自分たちで「暗黒期」と振り返っています。

「かっちり揃った群舞」の時代に、自由に遊ぶステージ

当時のアイドルシーンを支配していたのは、東方神起やSUPER JUNIORに代表される、フォーメーションを寸分違わず揃えた「칼군무(カルグンム=刃物のようにきっちり合わせた群舞)」でした。全員が同じ振り付けを同じタイミングで踏むことこそが「かっこいいアイドル」の条件だった時代です。そこにBIGBANGが持ち込んだのは、まったく逆のステージでした。5人それぞれが違う動き、違う立ち位置で、時にフリースタイルのラップを挟みながら、ステージの上で自分たちのやりたいように”遊んで”見せる。振り付けを完璧に揃えることより、その場のノリや個性を前面に出すスタイルは、当時の観客にとって新鮮というより、ある意味「型破り」に映りました。この自由さは今に至るまでBIGBANGのステージの核であり続けていて、後続の多くのグループが影響を受けたと言われています。

「ヒップホップ」を正面に掲げたアイドル、そして「거짓말」がK-POPの地図を変えた

BIGBANGが他と決定的に違ったのは、YGが結成発表の段階から「ヒップホップグループ」だと明言していたことです。当時、ラップやヒップホップの要素を取り入れたアイドルはいても、ヒップホップそのものを看板に掲げたグループはほとんど前例がありませんでした。デビューから1年後の2007年8月、1stEP《Always》のタイトル曲「거짓말(コジンマル=噓)」が状況を一変させます。実はこの曲、もともとG-DRAGONが自分のソロ曲として書いた楽曲でしたが、代表の양현석(ヤン・ヒョンソク)がBIGBANGのタイトル曲に選んだという逸話が残っています。「거짓말」はメロン週間チャートで6週連続1位を記録し、当時人気を集めていた音楽サイト「サイワールド」の名曲チャートでも8位につけ、2007年に発表された楽曲の中で唯一その「トップ10」に食い込むヒットとなりました。バラードが主流だった歌謡チャートの空気を変え、以後のK-POPがダンス・アイドル主導のマーケットへとシフトしていく転換点になった曲だと評価されています。

勢いはそこで止まりませんでした。同年11月発売の2ndEP《HOT ISSUE》収録「마지막 인사(マジマギンサ=最後の挨拶)」はメロンで8週連続1位という驚異的な記録を打ち立て、翌2008年8月発売の3rdEP《Stand Up》の「하루하루(ハルハル=一日一日)」も6週連続1位。同年11月発売の2nd正規アルバム《REMEMBER》では、1988年に発表されたイ・ムンセの名曲をリメイクした「붉은노을(プルグン・ノウル=赤い夕焼け)」がタイトル曲となり、MKMF(現MAMA)で最優秀男性グループ賞と올해의 가수상(今年の歌手賞)を受賞しています。

世界へ ― 「FANTASTIC BABY」とK-POPが西側に届いた瞬間

BIGBANGの海外進出は、実はこの少し前から始まっていました。2011年11月、イギリスで行われたMTV Europe Music Awardsで、K-POPアーティストとして初めて主要部門の賞を受賞しています。そして翌2012年2月発売の5thEP《ALIVE》は、収録曲すべてをタイトル曲扱いするという当時としては大胆な戦略を取りました。先行公開の「BLUE」が音源チャートを席巻し、本タイトル曲「BAD BOY」も発売当日にリアルタイムチャート1位。そして少し遅れて火がついたのが「FANTASTIC BABY」でした。逆走現象的に人気が広がり、3月の月間チャートで1位、年間チャートでも5位に食い込みます。このアルバムを境に、BIGBANGは本格的に海外へ名前が知られるようになりました。韓国語アルバムとして史上初めてBillboard 200にランクインし(150位)、BillboardとGrammy Awardsの公式サイトのメインページを飾ったことも話題になりました。同年3月からは、それまでの韓国ツアーや日本ツアーとは規模の違う、16カ国25都市を回る初のワールドツアー『BIGBANG ALIVE GALAXY TOUR 2012』もスタート。批評家の間では、「FANTASTIC BABY」はBTSより先に欧米のメインストリーム市場へK-POPを押し上げた曲の一つだと位置付けられています。

伝説として語り継がれるステージ ― LOSER・BAE BAE・뱅뱅뱅、そして2015年MAMA

2015年、BIGBANGは「MADE」というプロジェクトで、毎月1曲ずつシングルを発表するという実験的な活動形態を取りました。5月「LOSER」、6月「BAE BAE」、7月「뱅뱅뱅(バンバンバン=BANG BANG BANG)」、8月「IF YOU」と続けざまにリリースされた楽曲はすべてチャート上位を記録し、「뱅뱅뱅」はその年のメロン年間チャートとGaon年間チャートで1位を獲得しています。この年の年末、2015 MAMAで披露された「LOSER」「BAE BAE」「뱅뱅뱅」を繋いだメドレーステージは、今もファンの間で「伝説のステージ」として語り継がれるパフォーマンスの一つです。

GDは「芸能人たちの芸能人」

BIGBANGとG-DRAGONの復帰・カムバックには、ファンだけでなく他の芸能人たちが誰よりも喜ぶという、少し独特な現象が繰り返し起きています。2024年のMAMA AWARDSで披露されたG-DRAGONのソロステージ「WONDER STAGE」もその一つです。当日、客席や中継カメラには他のアーティストたちが立ち上がって歓声を上げ、興奮を隠せない様子で見入る姿が何度も映し出されました。この時の客席リアクションだけを集めた「REACTION CAM」映像は、公式チャンネルだけで700万回以上再生されています。韓国の芸能界では以前から、G-DRAGONは「芸能人たちが憧れる芸能人(연예인들의 연예인)」と呼ばれてきましたが、この日の客席の反応は、その呼び名が誇張ではないことをあらためて見せつけました。

20周年、そして今 ― 「빅(BiiiG)」と「成人式」ワールドツアー

2022年、BIGBANGはスンリを除く4人体制で「봄여름가을겨울(ボムヨルムガウルキョウル=春夏秋冬)(Still Life)」を発表し、深夜0時のリリースにもかかわらずチャートを制覇しました。そして2026年8月19日、デビューからちょうど20年となる節目に、新曲「빅(BiiiG)」がリリースされます。荘厳なヒップホップビートに3人それぞれの個性を重ねたこの楽曲は全曲G-DRAGONの作詞作曲によるもので、現在活動しているG-DRAGON・太陽・テソンの3人体制での完全体活動として、公開直後からメロンTop100で1位を記録しています。

20周年を記念したワールドツアーの正式名称は『BIGBANG 2026-2027 WORLD TOUR ‘XX : COSMOS’』。8月21日から23日まで、京畿道・高陽総合運動場での公演を皮切りにスタートしました。全世界19都市33公演という規模で、G-DRAGON・太陽・テソンの3人が揃って回る公式ツアーとしては、2017年の『LAST DANCE』以来じつに9年ぶりです。この節目についてG-DRAGON自身は前年のソロツアーで「BIGBANGの二十歳の成人式」になると予告しており、韓国メディアも今回のツアーをそう呼んでいます。

サバイバル・ドキュメンタリーを勝ち抜いた5人の少年たちは、デビュー直後は「暗黒期」と呼ばれるほど苦しい時期を過ごしましたが、型にはまらない自由なステージと、正面から掲げたヒップホップで、結果的にK-POPという地図そのものを描き替えました。20年経った今も現役でチャートの上位に食い込み、同業の芸能人たちを誰よりも興奮させる――そんなグループは、K-POPの歴史を見渡しても、そう多くはありません。

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