K-POP第3世代とは?ライバル構図と直撮り文化が生まれた時代 — EXO・BTS・TWICE・BLACKPINK、当時何が起きていたか

第2世代が初めて国境(主に日本)を越えた世代だったとすれば、第3世代は勢力図そのものが描き直された時代でした。事務所同士の対決構図が新しく生まれ、ガールグループ市場は三つ巴に分かれ、ファンの投票でデビューメンバーが決まるという仕組みまで登場します。そして今では当たり前になっているファンダム文化のいくつかも、この時期に根を下ろしました。今回は第3世代が「その後何を成し遂げたか」ではなく、当時の現場がどう動いていたかを追いかけます。

第2世代が定着した場所から、第3世代が始まった

  • EXO — 2012年4月8日デビュー、韓国活動のEXO-K(6人)と中国活動のEXO-M(6人)に分かれた12人組(SM)
  • 防弾少年団(BTS) — 2013年6月13日デビュー、7人組(Big Hit)
  • Red Velvet — 2014年8月1日デビュー、4人組(SM)
  • SEVENTEEN — 2015年5月26日デビュー、13人組。ボーカルチーム・ヒップホップチーム・パフォーマンスチームの3ユニット制(Pledis)
  • TWICE — 2015年10月20日デビュー、9人組。サバイバル番組「SIXTEEN」出身(JYP)
  • BLACKPINK — 2016年8月8日デビュー、4人組(YG)

(人数は当時のもの。その後の変動については別記事で扱う予定です。)この世代からは、練習生の段階で海外向けトレーニングが本格的に組み込まれるようになりました。

SM対Big Hit — 完成形と成長型、対決構図の第2ラウンド

第2世代がSM対YG(東方神起対BIGBANG)だったとすれば、第3世代の軸はSMとBig Hitでした。

エクソはデビューの形からして実験的でした。韓国活動用のEXO-Kと中国活動用のEXO-Mに分け、同じ曲を韓国語・中国語の2バージョンで同時に出す二元化戦略を取ったのです。群舞の精度と完成度は、東方神起の路線をそのまま引き継ぎました。

防弾少年団はその真逆でした。デビュー当初の知名度は高くなく、2015年8月1日から自主制作コンテンツ「走れ!防弾(달려라 방탄/タルリョラ・バンタン)」を始め、テレビ局を介さずYouTubeで直接海外ファンとの接点を作っていきます。作詞・作曲にメンバー自身が参加する路線も引き継がれており、これはBIGBANGが切り開いた自主プロデュースの流れを次の世代が受け継いだ形でした。「事務所が完成させて送り出すチーム」と「カメラの前でぎこちなく成長していく姿をそのまま見せるチーム」という対比が、このラウンドの核心でした。

SEVENTEENの登場 — 自主プロデュースがグループ全体のシステムに

BIGBANGが個人単位で始めた自主プロデュースは、この世代でグループ全体の運営システムにまで広がりました。2015年5月26日にデビューしたSEVENTEEN(플레디스=プレディス所属)は13人組で、ボーカルチーム・ヒップホップチーム・パフォーマンスチームという3つのユニットで構成されています。チーム名の「17」は、メンバー13人+ユニット3つ+チーム全体1、という数字の足し算に由来します。曲づくりや振り付けにメンバーが関わる体制は、デビュー当初から「自主プロデュースアイドル」として紹介されていました。

清純対ガールクラッシュ — ガールグループ三つ巴

同じ時期、ガールグループ市場もコンセプトで分かれていきました。TWICEは明るくキュートなイメージで2016年の「CHEER UP」を看板曲に大衆的な人気を集め、BLACKPINKはその正反対で、大胆な衣装と力強いステージの「ガールクラッシュ」コンセプトを掲げてデビューしました。その間でRed Velvetは、一つのグループが曲ごとにコンセプトを切り替えるという方法を選びます。明るくポップな「レッド」コンセプトと、R&B寄りで大人っぽい「ベルベット」コンセプトを交互に出すことで、「清純かガールクラッシュか」という構図そのものから外れた第三の道を歩みました。

国民プロデューサーが作ったアイドル — サバイバルオーディションの登場

第3世代でいちばん見慣れない新しい風景は、視聴者が直接アイドルをデビューさせる方式でした。Mnet「PRODUCE 101」(2016年1月22日~4月1日)は、50社以上の芸能事務所所属の練習生101人が競い合い、視聴者が「国民プロデューサー」となって投票でデビューメンバーを選ぶという番組でした。こうして2016年5月4日にI.O.I(11人)がデビューし、翌年のシーズン2では2017年6月16日にWanna Oneが結成されます。特定の事務所に固定されたグループではなく、複数の事務所の練習生が集まった「プロジェクトグループ」で、活動期間が契約であらかじめ決められていた点が、第1・第2世代のグループと決定的に違いました。

直撮り映像がスターを作った — EXIDハニの逆走神話

この時期に決定的な影響力を持つようになったのが、ファンが個人のカメラで舞台を撮影する「직캠(チッケム=直撮り映像)」でした。2014年10月8日、京畿道坡州(パジュ)での慰問公演でEXIDが披露した「위아래(ウィアレェ=上へ下へ)」のステージを、一人のファンがカメラで撮影します。その映像がYouTubeに上がったのが同年10月9日。すでに人気の下降期に入っていたEXIDでしたが、この直撮り映像がきっかけとなって楽曲が再び注目を集め、音楽番組で1位を獲得するまでの「逆走神話(역주행神話)」が生まれました。事務所や放送局が作った公式映像ではなく、ファンが撮った一本の映像が歌手の運命を変えるという事例が、ここで初めて広く知られるようになったのです。

직캠文化の影響力は、一曲の運命を変えることにとどまりませんでした。2017年放送のMnet「PRODUCE 101 시즌2」では、練習生カン・ダニエル(강다니엘)のポジション評価ステージ「Get Ugly」の직캠映像が、公開から6日で再生回数1000万回を突破。ネイバーTVの人気コンテンツランキングでは性別・全年代すべてで1位となる「オールキル」を記録しました。放送内での評価点とは別に、직캠の再生回数だけで知名度が爆発的に上がった事例で、カン・ダニエルは最終投票で1位に選ばれ、Wanna Oneのセンターとしてデビューしています。グループの楽曲ではなく、練習生一人のステージ映像が順位と知名度を塗り替えたこの事例は、직캠が「一曲の逆走」だけでなく「個人のスター性」までも証明する手段になったことを示しています。

V LIVEとARMY BOMB — この時期に生まれたファンダム文化

2015年8月、Naverが「V LIVE(ブイライブ)」を始めました。アイドルが放送局を介さず、スマートフォン一つでファンとリアルタイムに繋がる方式が、ここで初めて定着します。防弾少年団のファンダムが正式に「ARMY(アーミー)」という名前を持ったのも2014年7月9日のファンミーティングでのことで、彼らの公式ペンライト「ARMY BOMB(アーミーボム)」が正式発売されたのも2015年でした。第2世代のパールサファイアブルーやパステルローズといった色のペンライトの話が、第3世代ではスマートフォンと連動するペンライトへと一歩進んだことになります。

TWICE、再び日本の扉をたたく

2017年、TWICEはワーナーミュージック・ジャパンを通じて正式に日本デビューしました。同じ年の12月にはNHK「紅白歌合戦」出演が決まり、K-POPグループとしては2011年以来6年ぶりのことでした(2018年12月31日の放送分は視聴率42.7%、出演49組中6位を記録)。サナ・モモ・ミナという3人の日本人メンバーがいることも話題になりました。

まとめ — 第3世代が変えたこと

第3世代が変えたのは、音楽そのものよりもシステムでした。事務所同士の対決構図はSM対YGからSM対Big Hitへ移り、ガールグループは清純とガールクラッシュという2つの軸に分かれ、ファンが投票でアイドルを直接選ぶ仕組み(PRODUCE 101)や、放送局を介さずファンとリアルタイムで繋がるプラットフォーム(V LIVE)がこの時期に初めて登場しました。そしてファンが撮った一本の直撮り映像が歌手の運命を変えるという「직캠神話」も、ここで生まれています。世代全体の流れはK-POPの「世代」って何?の記事にまとめています。メンバーの脱退や契約をめぐる出来事(EXOの中国人メンバー脱退を含む)については、これまでと同様に別の記事で改めて取り上げる予定です。

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