日本人が韓国に来て、一番最初に命の危険を感じる場所はどこか。答えは横断歩道である。日本の歩行者は、信号が青になれば左右を見ずに歩き出す。それでもう何十年も問題なく暮らしてきたからだ。だが韓国で同じことをすると、本当に車に轢かれる。誇張ではない。以前の記事で「韓国で運転するときの注意点」を書いたが、今回はその裏側――歩く側の話だ。なぜ韓国の横断歩道は青信号でも安全ではないのか、日本とは何が違うのか、そしてどう歩けばいいのかを、現地で暮らす立場から整理する。
1. 数字が示す現実 ― 交通事故死者の35%が「歩いていた人」
まず前提として知っておくべき数字がある。韓国の交通事故死者は2024年で2,521人と、毎年減り続けてはいる。しかしそのうち「歩行中」に亡くなった人は920人、全体の約35%。OECD平均の約18%のほぼ2倍である。つまり韓国は「車に乗っている人より、歩いている人が死ぬ割合が異常に高い国」なのだ。歩行中の死者の約67%は65歳以上だが、これは高齢者が危ないというより、「車が歩行者を見ていない」ことの証拠に近い。日本の感覚で歩くと、あなたもその統計の中に入る。
2. 日本と決定的に違う信号のルール ― 「赤でも車は来る」
日本の信号は単純だ。赤は「どこへも行くな」。車は直進も右折も左折もできない(「左折可」の標識がある交差点だけが例外)。だから歩行者は、自分の信号が青なら車は全部止まっていると信じていい。韓国は違う。韓国の赤信号は「直進と左折は禁止、しかし右折は可」である。韓国は右側通行なので、右折は日本の左折にあたる。つまり日本で言えば「赤でも左折はしていい」国だ。これを「非保護右折(비보호 우회전)」と呼ぶ。
2023年にルールが厳しくなり、前方が赤のときは横断歩道の手前で必ず一旦停止してから右折すること、歩行者がいれば渡り終わるまで待つことが義務化された。違反すれば信号無視と同じ罰則(反則金6万ウォン、罰点15点)だ。しかしこれは「一旦停止してから進め」であって「進むな」ではない。実際には停止すらしない車がいまだに多く、歩行者の青信号中に、右側から右折車が横断歩道に入ってくるのが韓国の交差点の日常である。日本の歩行者が想定していない方向から、想定していないタイミングで車が来る。これが最大の危険だ。
もう一つ、左折も違う。韓国の左折は左折専用の矢印信号で行うのが原則で、直進の青と左折の矢印が別々に出る。そのため「車の信号が青なのに歩行者も青」という組み合わせが、日本より遠くにある。さらに深夜は多くの信号が黄色の点滅(徐行)や赤の点滅(一旦停止)に切り替わり、車は実質「自分の判断」で交差点を通過する。夜の横断歩道で信号を信じてはいけない理由である。
3. 「歩行者優先」は法律にはある、しかし路上にはない
韓国の道路交通法は、2022年の改正で「横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいれば車は一旦停止」と日本より厳しい文言になった。だが日本のように、信号のない横断歩道で歩行者が立っていれば車が止まる、という光景はソウルでもまだ少数派だ。止まってくれたら運がよかった、くらいに思っておくべきである。後ろの車がクラクションを鳴らすから止まれない、というのが運転手側の本音でもある。
特にタクシー、バス、そして配達のバイクは、信号が変わる直前・直後に突っ込んでくる。歩行者信号が青になった瞬間に歩き出すと、黄色で突っ切ってきた車とちょうどぶつかる。韓国人はこれを知っているので、青になっても一拍置いて、左右を見てから歩き出す。日本人の「青になったら即歩く」習慣は、韓国では最も危険な習慣である。
4. 歩道も安全ではない ― バイク、キックボード、自転車
日本人が横断歩道の次に驚くのが、歩道を走るバイクである。配達アプリの普及でソウルの配達バイクは数十万台規模になり、彼らは分単位の配達時間で収入が変わる。渋滞した車道を避けて歩道に上がり、横断歩道を歩行者と一緒に渡り、赤信号を無視する。歩道走行はもちろん違法だが、取り締まりは追いついていない。後ろからバイクの音がしたら、それは車道ではなく自分のすぐ後ろを走っていると思っていい。
さらに電動キックボード(シェアリングのものが街中に放置されている)と自転車も歩道を走る。キックボードは法的には車道だが、実態は歩道を時速20キロで走る。韓国の歩道は「歩く人のための道」ではなく「車道より少し安全な道」程度に考えておくと、ちょうどいい。イヤホンで両耳を塞いで歩くのは、日本よりはるかにリスクが高い。
5. 路地(いめんどうろ)と駐車場の出入口
ソウルの住宅街の路地には歩道がない。車と人が同じ道を使う。日本の住宅街も同じだが、違うのは車の速度と、「人が避けるもの」という前提だ。路地で後ろから車が来たら、日本では車が徐行するが、韓国ではクラクションを鳴らされる。建物の地下駐車場の出入口も要注意で、歩道を横切って車が出てくる。日本なら警備員が立っている場所に、韓国では誰もいない。
6. 韓国の横断歩道で守るべき五つのルール
一つ。青になってもすぐに歩き出さない。一拍置き、黄色で突っ切ってくる車がいないことを確かめる。二つ。渡りながら、右側を見る。右折してくる車はあなたの右後方から来る。渡り終わる側の車線では、今度は左折してくる車があなたの前を横切る。つまり「両側を見ながら渡る」。日本人には落ち着かないだろうが、韓国人は全員そうしている。
三つ。歩行者信号が点滅し始めたら、絶対に渡り始めない。韓国の横断歩道は道幅が広く、点滅の時間は短い。多くの信号に残り秒数が表示されているので、それを見て判断する。四つ。車の運転手と目を合わせる。右折しようとしている車がいたら、運転手がこちらを見ているか確かめてから進む。見ていなければ、その車は止まらない。五つ。夜は信号を信じない。点滅信号に変わっている可能性があり、飲酒運転も夜に集中する。黒い服で深夜に道を渡るのは、韓国では最も死亡率の高い行為の一つである。
7. なぜこうなったのか ― 「車が先、人が後」の歴史
韓国の道路は1970〜80年代の高度成長期に「車を早く流す」ことを最優先に作られた。広い車道、少ない横断歩道、歩道橋(育道橋)と地下道。人間の方が道を譲る設計だった。右折が赤でもできるのも、「車を止めない」ためのルールである。その上に、時間に追われる配達とタクシーの文化が乗った。ここ数年でスクールゾーンの制限速度が30キロになり、右折ルールが厳しくなり、都心の制限速度が50キロに下がった。方向は変わっている。だが運転手の習慣が変わるには、まだ時間がかかる。
まとめ
韓国の横断歩道で日本の習慣をそのまま使うと、危険だ。赤でも右折車は来る、青になっても黄色で突っ切る車がいる、歩道にはバイクとキックボードが走る、そして車は基本的に譲らない。だから青でも一拍置き、両側を見て、運転手と目を合わせてから歩く。これは臆病ではなく、韓国人が全員無意識にやっていることである。日本の横断歩道がどれだけ安全な場所だったかは、韓国で一週間歩けば分かる。

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