f(x)(エフエックス)とは? ― SMの実験作から《Pink Tape》の名盤へ、「4 Walls」の沈黙、そしてソルリの死が韓国のコメント欄を閉じさせるまで

SMエンターテインメントのガールズグループの系譜を並べると、S.E.S.、少女時代、Red Velvet、aespaという「本流」の横に、少し変わった名前が一つある。f(x)(エフエックス・에프엑스)。関数の記号をそのままグループ名にし、中国人、台湾系アメリカ人、そして「男の子のような」メンバーを揃え、可愛くもセクシーでもない曲を出し続けた。SMがもっとも実験的だった時期の産物であり、今なお「K-POPで最も先を行っていたガールズグループ」として語られる。そしてそのメンバーの一人、ソルリ(설리)は、2019年10月に25歳で亡くなった。f(x)の物語は、韓国のアイドル文化のいちばん良い部分と、いちばん暗い部分の両方を含んでいる。

1. 2009年、「アジアのポップダンスグループ」という実験

f(x)は2009年9月5日、「LA chA TA(라차타)」でデビューした。同じ年の1月に少女時代が「Gee」で国民的グループになり、2NE1が5月に「Fire」で出てきた、ガールズグループ戦国時代の真っただ中である。SMはf(x)を「アジアのポップダンスグループ」と定義し、メンバー構成からして異例だった。リーダーのビクトリア(빅토리아)は中国・青島出身で北京舞踊学院に通っていたダンサー。アンバー(엠버)は台湾系アメリカ人で、短髪にパンツスタイル、低い声でラップをする「ボーイッシュ」を超えたキャラクター。ルナ(루나)は圧倒的な歌唱力を持つメインボーカル。クリスタル(크리스탈)は少女時代ジェシカの実妹。そしてソルリは、11歳から子役として活躍していた「国民の妹」だった。

デビュー当初の反応は、少女時代と比べて明らかに鈍かった。「LA chA TA」は掴みどころがなく、メンバーの見た目も統一感がない。だがそれが意図だった。SMはf(x)に「揃った美しさ」ではなく「バラバラであることの面白さ」を与え、楽曲もヨーロッパの作曲家陣から集めた、当時の韓国では前衛的なエレクトロポップを充てた。

2. 2011〜2012年、「Hot Summer」と「Electric Shock」で国民的ヒット

転機は2011年。1stフルアルバム《Pinocchio》のタイトル曲「Pinocchio(Danger)」で初の音楽番組1位を獲得し、続くリパッケージの「Hot Summer」が夏の定番曲になった。ドイツのグループMonrose の曲をリメイクしたこの曲は、f(x)らしい奇妙さと、誰でも口ずさめるサビの両方を持っていた。

そして2012年6月の「Electric Shock」。ビリビリと感電するような電子音と、「電気ショック」を体で表現した振り付けは、f(x)の代表曲になった。MVの再生回数は1億回を超え、SMのガールズグループとして少女時代に次ぐ「1億回クラブ」入りを果たしている。この頃のf(x)は、少女時代の妹分でありながら、まったく別の音楽をやるグループとして確固たる位置を築いていた。

3. 2013年《Pink Tape》 ― K-POP史に残るアルバム

2013年7月の2ndフルアルバム《Pink Tape》は、f(x)を「実験的なグループ」から「批評的に最も評価されるグループ」へ押し上げた。タイトル曲「Rum Pum Pum Pum(첫 사랑니・初めての親知らず)」は、初恋の痛みを親知らずに喩えた歌詞と、軍隊風のドラム、寓話のような映像で構成されている。Billboardは2019年に「史上最高のガールズグループの100曲」にこの曲を選び、韓国最大の音楽サービスMelonも2021年に「K-POP史上の100曲」に入れた。

《Pink Tape》はアルバム全体としても評価が高く、「アートフィルム」と称したティーザー映像や、当時としては珍しい統一されたビジュアルコンセプトは、後のRed VelvetやNewJeansに繋がる「アルバムを作品として見せる」発想の先駆けだった。今でも韓国の音楽メディアが「K-POPの名盤」を選ぶとき、《Pink Tape》はほぼ必ず上位に入る。

4. 2014年「Red Light」、そしてソルリの離脱

2014年7月、3rdフルアルバム《Red Light》。赤い光、ガスマスク、廃墟の映像。それまでのf(x)の中でも最も暗く、攻撃的なコンセプトで、MVは公開初日に200万回再生された。しかしこの活動は、途中で止まる。

同じ年の夏、ソルリが14歳年上のヒップホップデュオDynamic Duoのチェジャ(최자)と交際していることが報じられ、ネット上には彼女に対する攻撃的なコメントが溢れた。「アイドルが恋愛をした」ことへの反発に、年の差、相手のイメージ、そして彼女が「国民の妹」だったことへの裏切り感情が重なった。2014年8月、SMは「悪質なコメントと根拠のない噂による精神的な負担」を理由に、ソルリの活動中断を発表。f(x)は4人で《Red Light》の活動を終え、翌2015年8月、ソルリは正式にグループを離れた。

5. 2015年「4 Walls」 ― 4人の到達点、そして沈黙

ソルリ脱退後、4人で出した2015年10月の《4 Walls》は、皮肉なことにf(x)の音楽的な完成形と言われる。タイトル曲「4 Walls」は当時韓国ではほとんど知られていなかったディープハウスのサウンドで、「4つの壁」というグループ名(4人)を掛けたタイトルと、鏡の中の部屋を彷徨うMVは、失った一人の不在をそのまま作品にしたようだった。

だがこれが、f(x)として最後のアルバムになった。2016年に日本と韓国でコンサートを開き、SM STATIONでシングル「All Mine」を出した後、グループとしての活動は止まる。公式な解散発表はない。2019年にアンバーとルナがSMとの契約を終え、クリスタルは女優、ビクトリアは中国で女優として活動を続け、f(x)は「解散していないが存在しないグループ」になった。SMが自ら育てた最も評価の高いグループを、明確な理由もなく放置した――韓国のファンの間でこの扱いは、今もSM批判の定番の一つになっている。

6. ソルリ ― 「真理商店」と、自由であることの代償

グループを離れたソルリは、女優として、そして「何を言われても自分らしくいる人」として生きようとした。インスタグラムでノーブラの写真を投稿し、「ブラジャーは選択」と発言し、生放送で酒を飲み、友人と笑う姿をそのまま見せた。韓国の芸能人が最も避ける「隙を見せる」ことを、彼女は意図的に続けた。2019年6月にはJTBCの番組「悪質コメントの夜(악플의 밤)」に出演し、自分に向けられた誹謗コメントを本人が読み上げ、笑いに変えようとした。同じ月に発表したソロ曲「Goblin(고블린)」は、複数の人格を持つ主人公を描いた、彼女自身が企画に関わった作品である。

2019年10月14日、ソルリは京畿道・城南の自宅で亡くなった。25歳だった。発見したのはマネージャーで、彼女は前日の夜、電話に出なかったという。その6週間後、親友だったKARAのク・ハラも亡くなった。二人はともにインスタグラムで悪質なコメントに晒され続けていた。

7. ソルリの死が変えたこと ― コメント欄の閉鎖と「ソルリ法」

ソルリの死は、韓国のネット文化に具体的な変化をもたらした。ポータルサイトのDaumは2019年10月31日、芸能ニュースのコメント欄を全面的に閉鎖。Naverも2020年3月に同じ措置を取り、以後韓国の芸能ニュースには「コメントが付けられない」状態が続いている。国会では悪質コメントの実名制を含む「ソルリ法(설리법)」が議論され、法案そのものは成立しなかったものの、名誉毀損の告訴と処罰は以前より格段に速くなった。事務所が悪質コメントの投稿者を「善処なく」告訴すると公式に表明するのが当たり前になったのも、2019年以降である。

2023年にはソルリの最後のインタビュー映像を中心にしたドキュメンタリー《진리에게(ジンリへ)》がNetflixで公開され、彼女が最後まで言おうとしていたこと――「私は悪い人ではない、ただ自由でいたかった」――が、改めて韓国社会に届けられた。

8. 日本の読者へ ― f(x)をどう聴くか

日本ではf(x)の知名度は少女時代やKARAに遠く及ばない。日本デビューをしなかったからだ。だがK-POPをある程度深く聴く人の間では、《Pink Tape》と「4 Walls」は「まず聴くべきアルバム」として必ず名前が挙がる。可愛さやセクシーさで売らず、音楽と映像のアイデアだけで勝負したガールズグループは、2010年代前半にはf(x)しかいなかった。そしてソルリの物語は、K-POPのファンダム文化とネットの誹謗中傷が、一人の人間をどこまで追い詰めうるかを示す、韓国社会にとっての消えない記録である。f(x)の曲を聴くとき、その両方を覚えていてほしい。

まとめ

SMの実験作として生まれ、「Electric Shock」で国民的ヒットを出し、《Pink Tape》でK-POPの名盤を残し、「4 Walls」で完成し、そして静かに止まったf(x)。解散はしていない。ただ、5人が揃うことは、もう二度とない。「4 Walls」の鏡の部屋を彷徨う4人の映像が、今では別の意味を持って見える。K-POPが最も自由だった瞬間と、その自由の代償を、f(x)は一つのグループで見せている。

コメントを残す