ソウルを歩いていて、日本人が最初に気づくことの一つが「カフェが多すぎる」だ。交差点の四つ角にカフェ、その間にもカフェ、同じビルの1階と2階に別のカフェ。日本のコンビニの感覚でカフェがある。実際、韓国のカフェの数は約9万〜10万軒で、人口あたりで見ると日本の数倍。スターバックスの店舗数は2025年に日本を追い越して世界3位になった。なぜこんなことになったのか。そして韓国人はカフェで何をしているのか。日本の喫茶店文化とはまったく違う、韓国のカフェの使い方を整理する。
1. 数字で見る韓国のカフェ ― 10万軒、スタバ世界3位
韓国のコーヒー専門店は2022年に10万軒を超え、2025年も約9万5千軒前後で推移している。人口5,200万人の国で、だ。ちなみにコンビニは約5万5千軒、チキン屋は約4万軒なので、カフェは韓国で最も数の多い飲食店の業態である。スターバックスは2024年末に2,000店を超え、日本を抜いてアメリカ・中国に次ぐ世界3位。人口あたりでは世界一である。
フランチャイズだけでもブランドが900以上あり、店舗数トップはスターバックスではなく「メガコーヒー(메가커피)」で約3,300店、次いで「コンポーズコーヒー(컴포즈커피)」「イディヤ(이디야)」「ペックタバン(백다방)」。この上位の店に共通するのは、アメリカーノが1,500〜2,000ウォン(150〜200円)という「低価格コーヒー(저가커피)」であること。スタバのアメリカーノが4,700ウォンなので、同じ街に価格が3倍違うコーヒーが並存している。
2. なぜこんなにカフェがあるのか ― 自営業と「座れる場所」
理由は大きく二つある。一つは供給側で、韓国は自営業者の比率がOECDでも最高水準であり、早期退職した50代や就職を論めた20代が「とりあえずカフェを開く」。特別な技術がいらず、小さな店で始められ、フランチャイズなら本部が全部用意してくれる。その結果、年間に何万軒も開業し、同じくらい廃業する。「カフェの平均寿命は3年」というのは韓国でよく言われる数字だ。
もう一つは需要側で、韓国の都市には「家以外で長時間座っていられる場所」が圧倒的に少ない。公園のベンチも少なく、図書館は満席、学生の多くは実家か狭いワンルームで暮らす。日本のように居酒屋で何時間も過ごす文化も、パブで立ち飲みする文化もない。だから友達と会う、勉強する、仕事をする、デートする、一人でボーッとする――その全部がカフェに集中する。韓国のカフェは「コーヒーを飲む場所」ではなく「都市のリビングルーム」なのだ。
3. カコン族(카공족) ― カフェで勉強する人たちと、その論争
「カコン(카공)」は「カフェで勉強(카페 공부)」の略で、ノートパソコンと問題集を広げて何時間も座る学生や受験生を指す。ソウルの大学街やオフィス街のカフェでは、平日の昼間、客の半分以上がノートパソコンを開いている光景は珍しくない。店側もそれを前提に、全席にコンセントとUSBポートを付け、Wi-Fiのパスワードをレシートに印刷する。
一方で、アメリカーノ一杯で6時間座る客は店にとっては損失であり、「カコン族は迷惑か」という論争はもう何年も続いている。「利用は2時間まで」「ノートパソコン禁止」と張り紙をする店も増え、逆に「カコン歓迎」を売りにする店もある。スターバックスがコンセントを減らすとニュースになり、「客が席を占領したまま外出して数時間戻らない」という店主の投稿が炎上する。日本の「長居は失礼」という感覚は、韓国ではまだ定着していない。
4. 日本と違うカフェのルール
まず、注文はカウンターかキオスクで先払い。席についてから店員が来ることはない。注文すると振動する呼び出しベル(진동벨)を渡され、鳴ったら自分で取りに行く。飲み終わったらトレーを返却口に返す。水はセルフで、無料。リフィルは基本的にないが、個人カフェでは「アメリカーノは一杯無料でリフィル」という店もある。
次に、店内では紙コップが使えない。環境規制で店内の使い捨てカップ使用が禁止されており、「매장이요(店内です)」と言えばマグカップ、「테이크아웃이요(テイクアウトです)」と言えば紙コップで出てくる。注文時に必ず聞かれるので、この二つのフレーズだけは覚えておきたい。済州と世宗では使い捨てカップに300ウォンの保証金を上乗せする制度もある。
そして、カフェで勉強や仕事をするのはごく普通のことで、電話もするし、オンライン会議もする。日本の喫茶店の「静かにする」マナーは、韓国ではあまり期待できない。店内のBGMも大きい。静かに過ごしたいなら、後述の「一人カフェ」や住宅街の小さな店を選ぶべきだ。
5. デザートとフォトスポット ― 「インスタ映えカフェ」の競争
下位のカフェが毎年何万軒も消える中で、生き残る個人カフェの多くは「写真を撮りたくなる場所」になることで勝負している。延南洞(연남동)、聖水洞(성수동)、益善洞(익선동)、安国洞(안국동)――こうした街のカフェは、古い工場や韓屋を改装し、巨大なクロワッサンや季節のフルーツを乗せたケーキを出し、店の内装自体が商品になっている。日本の観光客が「韓国のカフェはおしゃれ」と感じるのは、この層のカフェを見ているからだ。
一方で、ソウルのオフィス街では昨今「メガコーヒー」に代表される低価格チェーンが圧倒的で、昼休みにサラリーマンがアイスアメリカーノを一人一杯持って歩く光景はソウルの名物になった。真冬でもアイスで、これを「얼죽아(オルジュア・凍え死にそうでもアイスアメリカーノ)」と呼ぶ。韓国人のアイスアメリカーノへの執着は、日本人が最も理解しにくい韓国文化の一つである。
6. 「一人カフェ」と無人カフェ ― 新しい形
2020年代に入って増えたのが、完全に一人向けに設計されたカフェである。壁に向かったカウンター席だけ、会話禁止、照明を落とした「読書カフェ(북카페)」や、時間制で座席を売る「スタディカフェ(스터디카페)」は、カコン族問題への回答でもある。そして人件費高騰と深夜営業の需要を背景に、店員が一人もいない「無人カフェ(무인카페)」が住宅街に急増した。ロボットバリスタがラテを作り、24時間開いていて、客はキオスクで払って勝手に座る。日本ではまだ珍しいこの形態が、韓国ではもう日常になっている。
7. 日本人旅行者への実用メモ
ソウルでカフェを使うなら、いくつか覚えておくと便利だ。カフェはトイレ休憩と充電の拠点になる(トイレはビル共用で暗証番号がレシートに書いてあることが多い)。カードはどこでも使え、現金の方が嫌がられる。低価格チェーンは席が少なくテイクアウト前提なので、座りたいなら個人カフェかスターバックス。朝は8時頃から、夜は平日でも11時頃まで開いている店が多く、日曜も休まない。そして「アメリカーノ」は日本の「ブレンド」より量が多く濃いので、苦手なら「연하게(薄めに)」と一言添えればよい。
まとめ
韓国のカフェは、コーヒーが好きだから増えたのではない。家が狭く、公共の場が少なく、誰もが何かに追われていて、それでも誰かと同じ空間にいたい――そういう社会が、コーヒー一杯を入場券にして「座れる場所」を買っている。低価格チェーンのアイスアメリカーノを片手に歩く人と、延南洞のカフェで写真を撮る人と、大学前のカフェで問題集を解く人は、全員同じものを買っている。それが分かると、ソウルの交差点にカフェが四つある理由も見えてくる。

コメントを残す