日本ではBTSは「世界で一番売れているアイドル」として知られている。だが韓国で暮らしていると、BTS(방탄소년단)はそれ以上の存在だと気づく。ニュースでは経済効果が兆ウォン単位で語られ、兵役をめぐって国会が動き、除隊の日には空港ではなく訓練所の前に外国人が集まった。そして2026年、7人が揃って戻ってきた。この記事では、中小事務所の7人がどうやって世界の頂点に立ち、韓国社会にとって何になったのかを、当時の韓国の空気とともに整理する。
1. 2013年、誰も期待しなかったデビュー ─ 中小事務所Big Hitの「学校三部作」
2013年6月、BTSは「No More Dream」でデビューした。所属はBig Hit Entertainment(빅히트)。プロデューサーのパン・シヒョク(방시혁)がJYPから独立して作った小さな事務所で、当時は8時間かけて練習室に行くような環境だった。SM、YG、JYPの三大事務所の全盛期にあって、ヒップホップ路線の中小アイドルは「またか」という反応だった。それでも彼らには武器があった。デビュー前からYouTubeとTwitterで自分たちの日常を発信し続け、ファンと直接つながる方法を知っていたことだ。
デビューから2年、「学校三部作」と呼ばれる初期作品は韓国の10代の悩みをストレートに歌った。大手ではできない題材だった。
2. 2015〜2016年、花様年華 ─ 「I NEED U」からすべてが変わった
転機は2015年の「I NEED U」だった。初めて音楽番組で1位を取り、続く「RUN」「FIRE」「血、汗、涙」で一気に韓国のトップに駆け上がった。「花様年華(화양연화)」シリーズは青春の不安と美しさを描き、MVは一本の映画のように繋がっていた。韓国の10代、20代がこの世界観に没頭し、「考察」がファンダムの文化になった。
この頃から韓国の街で変化が起きた。放課後の学校でBTSのダンスを真似する子どもたち、化粧品店に貼られる7人のポスター。だが本当の異変は海外で起きていた。2016年、海外のファンが自主的にラジオにリクエストし、アルバムを買い、Twitterで「#BTS」を世界トレンドに押し上げていた。韓国メディアはこれをまだ正確に理解していなかった。
3. 2017年、春の日とDNA ─ ビルボードの舞台に立った日
2017年2月の「春の日(봄날)」は、BTSの曲の中で韓国人が最も愛する一曲だ。セウォル号事件を想起させる歌詞と映像は、韓国社会が抱えた喪失を歌った。この曲は発売から年単位で韓国のチャートに残り続け、今も春になると再びチャートに戻ってくる。
同じ年の5月、BTSはビルボード・ミュージック・アワードで「トップ・ソーシャル・アーティスト」を受賞した。ジャスティン・ビーバーの6年連続を止めた瞬間、韓国のニュースは一斉にトップ扱いにした。9月の「DNA」はビルボードHot 100に入り、11月にはアメリカ音楽賞で歌った。「韓国のアイドルがアメリカのテレビで歌う」ことが、初めて現実になった年だった。
4. 2018年、FAKE LOVEとIDOL ─ ビルボード1位、そして国連演説
2018年5月、「FAKE LOVE」を収録したアルバムがビルボード200で1位になった。韓国語のアルバムがアメリカで1位になったのは史上初。韓国では文在寅(문재인)大統領が祝電を送り、ニュースは「国格を上げた」と表現した。この時点でBTSは芸能ニュースではなく、社会ニュースになった。
9月には国連本部でRMが演説した。「Speak Yourself」と語ったこの演説は、韓国の学校の英語教材になり、政治家が引用した。8月の「IDOL」は韓国の伝統的な掛け声を取り入れ、「韓国的なものが世界に通じる」という自信を韓国社会に与えた。
5. 2019〜2020年、Boy With LuvからDynamiteへ ─ Hot 100の1位とグラミー
2019年の「작은 것들을 위한 시(Boy With Luv)」はロンドンのウェンブリー・スタジアムを埋め、2020年の「ON」は韓国的な打楽器とダンスで世界に「BTSらしさ」を刻んだ。
そしてコロナ禍の2020年8月、英語曲「Dynamite」がビルボードHot 100で1位になった。韓国のアーティストとして史上初。ソウルの街では号外が配られ、ニュースは「1位」を一日中繰り返した。閉塞した時期の韓国に、この曲は明るいニュースそのものだった。翌年、グラミー賞のノミネートと単独パフォーマンスまで進む。
6. 2021年、ButterとPermission to Dance ─ 頂点の一年
2021年の「Butter」はHot 100で通算10週1位を記録し、「Permission to Dance」と合わせてBTSは自分の曲を自分の曲で1位から引きずり下ろした。この年の韓国のニュースの流れは、BTSの経済効果の話題だった。韓国文化観光研究院は、BTSがもたらす経済効果を年間約5兆ウォンと試算し、「BTSが韓国のGDPの0.3%を支える」という記事が普通に流れた。
7. 2022年、活動休止と兵役 ─ 韓国社会を二分した論争
2022年6月、BTSは動画で「グループ活動を一時休止し、ソロ活動に集中する」と発表した。この日、HYBEの株価は一日で約25%下落した。韓国ではこれが単なる芸能ニュースでは済まない理由があった。兵役だ。韓国の男性は原則として30歳までに入隊しなければならない。最年長のJINは1992年生まれで、2022年末が期限だった。
2020年から2022年にかけて、韓国では「BTSに兵役特例を認めるべきか」が国会で真剣に議論された。オリンピックのメダリストやクラシックのコンクール入賞者には特例があるのに、なぜ大衆音楽にはないのかという問題提起だった。世論は割れた。「国益を考えれば免除すべき」という意見と、「公平性を崩せば国が揺らぐ」という意見。結局、事務所と本人たちが「兵役を果たす」と宣言し、2022年12月にJINが入隊した。訓練所の前に外国人ファンが集まり、韓国のニュースは「兵役を果たすアイドル」を美談として伝えた。
8. 2025年除隊、2026年復活 ─ 7人が揃って戻ってきた
2025年6月、最後に入隊したSUGAが除隊し、7人全員の兵役が終わった。除隊後の第一声は「アルバムを作る」だった。そして2026年3月、グループとして約4年ぶりのアルバム「ARIRANG」を発表し、ソウルの光化門広場で無料コンサートを開いた。光化門は韓国の政治の中心地で、ろうそくデモの場所でもある。そこでBTSが歌うことは、韓国社会が彼らを「国の顔」として認めたことを意味する。続くワールドツアーは韓国から始まり、世界各地のスタジアムを回っている。
韓国で暮らしていて感じるのは、除隊後のBTSに対する韓国人の視線の変化だ。以前は「世界で成功した誇り」だったが、今は「約束を守った人たち」という尊敬に近い。兵役という韓国男性の最も重い義務を、世界の頂点で中断してまで果たしたことが、韓国人の心を動かした。
9. 韓国社会にとってのBTS ─ アイドルを超えた存在
韓国ではBTSはもはや音楽グループというより社会的インフラのように語られる。大統領の特使として国連に同行し、外国の首脳が訪韓するとBTSの話題が出る。ソウル市はBTSを観光PRに使い、教科書にはRMの演説が載る。同時に、韓国の若者にとってBTSは「小さな事務所からでも頂点に行ける」という証明だった。SMやYGのような大手の枠組みではなく、自分たちの言葉とSNSで世界とつながった7人は、韓国の起業文化やインディーズ文化にも影響を与えた。
そしてARMYと呼ばれるファンダムは、韓国では一つの社会運動のように扱われることがある。募金、環境活動、選挙期間中の若者の投票呼びかけ。BTSの影響力は音楽の外に広がり、それを韓国社会は複雑な気持ちで受け止めている。誇りであると同時に、一つのグループに国が依存しすぎているという指摘もある。
10. 日本の読者へ ─ 韓国でBTSを楽しむために
韓国を訪れるなら、いくつかの場所がある。ソウルの龍山(용산)にあるHYBE本社の周辺、初期の練習室があった論峴洞(논현동)、「春の日」のMVの撮影地とされる場所、そして各メンバーのゆかりの地方都市。日本でのBTSはアイドルとして愛されているが、韓国では国の歴史の一部として扱われている。その温度差を知った上で韓国の街を歩くと、コンビニのポスターや地下鉄の広告に込められた意味が少し違って見えるはずだ。
まとめ
BTSは中小事務所から出発し、ファンと直接つながることで韓国の三大事務所の体制を超え、ビルボード1位、グラミー、国連演説を経て、兵役という韓国最大の義務を果たして戻ってきた。韓国社会にとって彼らは、誇りであり、議論の対象であり、そして今は「約束を守った人たち」である。2026年、光化門で歌う7人を見た韓国人の多くが、10年前の「No More Dream」を思い出していた。

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