2012年に『SHOW ME THE MONEY(쇼미더머니)』が始まったとき、韓国でヒップホップはまだ「大衆音楽の周辺」にあるジャンルだった。10年以上活動してきたアンダーグラウンドのラッパーに新人と同じようにオーディションを受けさせることへの反発があり、ボイコットの動きまで起きた。
では、その「10年以上」とはどんな時間だったのか。後編で『SHOW ME THE MONEY』ブームを取り上げる前に、韓国語でラップをするという営みがどう始まり、どう磨かれてきたのかを先に整理しておきたい。
1. 黎明期(1989〜1997)― ラップが歌謡曲の中に入ってくる
韓国の大衆音楽で最初のラップ曲とされるのは、ホン・ソボム(홍서범)の「キムサッカ(김삿갓)」(1989年)である。後述の「ナン アラヨ(난 알아요)」より3年早い。
1990年にはヒョン・ジニョン(현진영)がデビューする。SMのイ・スマン(이수만)が手がけた歌手で、1992年の「曇った記憶の中の君(흐린 기억 속의 그대)」が大ヒットした。彼のバックダンサーチーム「ワワ(와와)」の2期メンバーが、のちにDEUX(듀스)となるイ・ヒョンド(이현도)とキム・ソンジェ(김성재)である。
そして1992年、ソテジワアイドゥル(서태지와 아이들)が「ナン アラヨ」でラップをお茶の間に持ち込んだ。1995年の「Come Back Home」では、ギャングスタラップに乗せて家出した若者の問題を歌っている。このグループについては以前の記事で詳しく書いた。
DEUXは1993年に「私を振り返って(나를 돌아봐)」でデビューし、1994年に「夏の中で(여름 안에서)」を発表した。活動はわずか2年あまりだったが、韓国のヒップホップとR&Bの原型をつくったグループである。こちらも以前の記事で詳しく書いた。
1997年には、パニック(패닉)のキム・ジンピョ(김진표)がソロアルバム『列外(열외)』を出す。韓国で初めて全曲がラップで構成されたアルバムとして知られている。
とはいえ、この時期のラップはまだ「ダンス歌謡の中の1パート」にすぎなかった。
2. パソコン通信の時代 ― キーボードの前で生まれたシーン
インターネットが普及する前、韓国にも日本と同じようにパソコン通信(PC통신)があった。韓国のアンダーグラウンド・ヒップホップは、ここから始まる。
- ハイテル(하이텔)の「BLEX(블렉스)」:ブラックミュージックの同好会。1996年に小さな集まりとして始まり、1999年には会員が約2,500人に達した。自主制作盤『黒い音(검은 소리)』にはガリオン(가리온)、ジュソク(주석)など11組が参加し、初版3,000枚はほぼ売り切れた。
- ナウヌリ(나우누리)の「SNP」:ブラックミュージックの創作同好会。Verbal Jint(버벌진트)、DEFCONN(데프콘)、P-Type(피타입)がここの出身である。
アメリカのCDを手に入れるのも難しかった時代に、歌詞を翻訳し、自作のラップを掲示板に載せ、「韓国語でどうラップをするのか」を議論していた人たちが、そのまま第1世代のラッパーになった。
3. クラブ「マスタープラン」(1997〜2001)― アンダーグラウンドの聖地
1997年12月、ソウルの新村(신촌/シンチョン)にクラブ「マスタープラン(마스터플랜/MP)」がオープンした。最初はロックのライブも行っていたが、ほどなくヒップホップ・ライブの中心地になる。ステージに立ったのは、ガリオン、ジュソク、DEFCONN、DJ Soulscape(DJ 소울스케이프)、VASCO(바스코)といった面々である。
クラブは2001年12月、最後のライブ「Still-A-Live」で幕を下ろし、レーベルへと姿を変えた。コンピレーション『MP HIPHOP 2000 超』などを残している。同じ時期には、メジャーとアンダーグラウンドが一堂に会したコンピレーション『1999 大韓民国(1999 대한민국)』(1999年)も出た。
なかでもガリオンは、MC Meta(MC 메타)とナチャル(나찰)の2人組で、「韓国語だけでラップをする」というこだわりで知られる。2004年の1stアルバムは、京郷新聞(경향신문)が選ぶ韓国大衆音楽100大名盤の81位に入った。2ndアルバム『ガリオン2(가리온2)』は、2011年の韓国大衆音楽賞(한국대중음악상)で、ヒップホップのアルバムとして初めて「今年のアルバム」を受賞している。ここでは彼らの「武闘(무투)」のライブ映像を挙げておく。
4. 韓国語ライムの発明
日本語ラップと同じく、韓国語ラップにとっても課題は「ライム(韻)」だった。韓国語は文が「〜다」「〜요」で終わるため、初期のラップの韻は語尾をそろえる程度にとどまっていた。
これを変えたとされるのが、Verbal Jintの『Modern Rhymes EP』(2001年)である。文末ではなく、複数の音節の母音をそろえるやり方で、韓国語ライムの体系を打ち立てたと評価されている(音楽評論家キム・ボンヒョン〈김봉현〉による)。P-Typeの「ドン・キホーテ(돈키호테)」(2004年)は、「ラップと詩を同時に完成させた」と評された。Verbal Jintはその後、2008年の『濡れ衣(누명)』で韓国大衆音楽賞の最優秀ヒップホップ・アルバムを受賞している。
日本語ラップが「です・ます」から離れ、体言止めや多音節の押韻を発展させていった過程と、驚くほどよく似ている。
Verbal Jintの曲を一つ、「良さそうだね(좋아보여)」。
5. メインストリームへ(1997〜2008)
1997年、YGからJINUSEAN(지누션)がデビューする。オム・ジョンファ(엄정화)をフィーチャーした「言ってよ(말해줘)」は、YGがヒップホップレーベルとして出発したことをよく示す1曲である。
同じ1997年にはUptown(업타운)が登場した。メンバーのユン・ミレ(윤미래)は、今でも「韓国最高の女性ラッパー」と呼ばれている。代表曲は「黒い幸せ(검은 행복)」。
1998年にはYGから1TYM(원타임)がデビューした。メンバーのTEDDY(테디)は、のちにBIGBANG、2NE1、BLACKPINKのプロデューサーになる。
同じ年にデビューしたチョPD(조PD)は、パソコン通信にMP3を公開して話題を集めた、ネット発スターの元祖である。映像はインスニ(인순이)との「友よ(친구여)」。
そして1999年、Drunken Tiger(드렁큰 타이거)が現れる。LAで育ったTiger JK(타이거 JK)とDJ Shine(DJ 샤인)の2人組で、デビュー曲はタイトルからして挑発的な「お前らにヒップホップが分かるか(너희가 힙합을 아느냐)」。メジャーシーンに、正統派のヒップホップを本格的に持ち込んだ存在である。
「Good Life」(2001年)と「8:45 Heaven」も聴いてほしい。
このDrunken Tigerを中心に、ユン・ミレ、リッサン(리쌍)、Dynamic Duo(다이나믹 듀오)、Epik High(에픽하이)、ヤン・ドングン(양동근)らが集まったクルーが「ムーブメント(무브먼트)」である。2000年代の韓国ヒップホップの主流は、ここにあった。
Dynamic Duoは、CB Mass(씨비매스)解散後の2004年にゲコ(개코)とチェジャ(최자)が結成した。1stアルバム『Taxi Driver』の「Ring My Bell」で注目され、2006年にはレーベル「アメーバカルチャー(아메바컬쳐)」を設立している。
もう1曲、「殺したい奴(죽일 놈)」。
2003年デビューのEpik Highは、「Fly」(2005年)、「Fan」(2007年)、ユンナ(윤하)をフィーチャーした「傘(우산)」(2008年)と、文学的な歌詞でヒップホップを聴かなかった層まで引き込んだ。
リッサンの「俺は笑っているんじゃない(내가 웃는 게 아니야)」(2005年)も、この時代を代表する曲である。
この時期、ヒップホップはチャートに入り始めた。ただし売れたのは、主にボーカルをフィーチャーした叙情的な曲だった。
6. 2000年代後半 ― レーベルとクルーの時代
2000年代のアンダーグラウンドは、レーベルやクルーごとに動いていた。
- ソウルカンパニー(소울컴퍼니、2004〜2011年):Kebee(키비)、The Quiett(더 콰이엇)、Fana(화나)、Jerry.k(제리케이)、Mad Clown(매드클라운)。2000年代のアンダーグラウンドを代表したレーベル。
- ビッグディール・レコード(빅딜 레코드、2003年〜):Dead’P(데드피)、Deepflow(딥플로우)。ハードコア路線。
- オーバークラス(오버클래스、2007〜2011年):Verbal Jintが中心で、Swings(스윙스)とSan E(산이)が合流した。
- Supreme Team(슈프림팀、2009〜2013年):Simon Dominic(사이먼 도미닉)とE SENS(이센스)のデュオ。
Supreme Teamの「テンテンテン(땡땡땡)」と、E SENSのソロ曲「The Anecdote」。
そしてこの頃、『SHOW ME THE MONEY』時代の主役になるレーベルが次々に生まれている。Swingsのジャストミュージック(저스트뮤직、2009年)、Paloalto(팔로알토)のハイライト・レコーズ(하이라이트 레코즈、2010年)、そしてThe QuiettとDok2(도끼)が立ち上げ、ほどなくBeenzino(빈지노)が加わったIllionaire Records(일리네어 레코즈、2011年)である。
上はIllionaire Recordsの「連結の輪(연결고리)」。後編でもう一度登場する曲である。Beenzinoの『24:26』(2012年)は、韓国大衆音楽賞の最優秀ラップ&ヒップホップ・アルバムを受賞した。収録曲「Aqua Man」は音源のみだが、ぜひ聴いてほしい。
7. 日本との接点
日本との接点にも少し触れておく。m-floのVERBALは、東京出身の在日コリアン3世である。ZeebraはDrunken Tigerの8thアルバム(2009年)の収録曲に参加し、2010年のMAMAではTiger JK、ユン・ミレと同じステージに立った。ジュソクのアルバムにも参加している。
8. そして2012年
実力のあるラッパーとレーベルは、もう十分にそろっていた。足りなかったのは、「大衆と出会う窓口」である。
2012年6月、Mnetが『SHOW ME THE MONEY』を始める。シーンは反発した。「ヒップホップの精神を商品にしている」という批判である。しかしシーズン2、シーズン3と回を重ねるうちに、そこはラッパーたちの登竜門になっていく。
その先の話 ― BOBBY(바비)、MINO(송민호)、BewhY(비와이)、「VVS」、イ・ヨンジ(이영지)、そして「ヒップホップはカッコよくない」という一言 ― は、後編で書く。
※アイキャッチ画像:Yoon Mi Rae and Tiger JK.jpg by LG전자(Wikimedia Commons、CC BY 2.0)

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