2012年、世界中が馬にまたがるような振り付けで踊った。PSY(싸이)の「江南スタイル(강남스타일)」。YouTubeで初めて10億回再生された動画である。
ただ、韓国でのPSYは「江南スタイルだけの人」ではない。2001年のデビューから25年、ヒット曲と騒動を繰り返しながら、いまも毎年夏にスタジアムを満員にする現役の歌手である。
1. 2001年、「猟奇歌手」として登場する
PSYの本名はパク・ジェサン(박재상)。1977年生まれである。2001年1月、1stアルバム『PSY From The Psycho World!』でデビューした。タイトル曲は「鳥(새)」。派手なジャケットに奇抜なダンスで、当時は「猟奇歌手(엽기 가수)」と呼ばれた。ここでいう「猟奇」は当時の韓国の流行語で、「奇抜で風変わり」というほどの意味である。
デビューした年から騒動もあった。2001年11月に大麻を吸った容疑で検挙され、翌2002年1月に罰金500万ウォンを言い渡されている。同じ月に出た2ndアルバムは、19歳未満への販売が禁じられた。
それでも、日韓ワールドカップの年だった2002年の秋に出した3rdアルバムの「チャンピオン(챔피언)」が大ヒットする。20年以上たったいまもコンサートで歌われる、PSYの代表曲である。
2006年には「芸能人(연예인)」がヒットした。恋人ひとりのための芸能人になる、と歌うラブソングで、いまもライブで歌われている。
2. 二度の兵役
PSYは2003年から2005年まで、兵役の代わりに指定企業で働く「産業技能要員(산업기능요원)」として服務した。ところが2007年、検察の捜査でこの服務が不十分だったと判断され、同年12月17日に現役兵として再び入隊することになった。除隊は2009年7月。韓国メディアは、二度を合わせた服務期間を55か月と伝えている。
3. YGへの移籍、そして2012年7月15日
除隊後の2010年、PSYはYGエンターテインメントと契約し、5thアルバム『PSYFIVE』を出した。タイトル曲は「Right Now」である。
そして2012年7月15日、6thアルバム『PSY6甲 Part 1』のタイトル曲として「江南スタイル」が公開された。
ミュージックビデオには、黄色いスーツで踊るユ・ジェソク(유재석)、エレベーターのノ・ホンチョル(노홍철)、地下鉄の車内で踊るHYUNA(현아)、冒頭の少年ファン・ミヌ(황민우)が出演している。HYUNAは当時、4Minuteのメンバーだった。馬に乗るような振り付けは、韓国では「馬ダンス(말춤)」と呼ばれる。
サビの「오빤 강남스타일(オッパは江南スタイル)」は、何を言っているのか。江南はソウルの漢江の南側にある、富裕層の街である。PSYは2012年8月、アメリカの音楽チャンネルVH1の番組に出演し、江南はアメリカでいえばビバリーヒルズのような場所で、まったく江南スタイルに見えない自分が「江南スタイル」と歌うところがポイントなのだ、と説明している。
HYUNAが歌う女性バージョン「オッパはまさに私のスタイル(오빤 딱 내 스타일)」も出ている。
4. 10億回、ビルボード2位、カウンターの限界
2012年11月24日、「江南スタイル」はジャスティン・ビーバーの「Baby」を抜き、YouTubeで最も多く再生された動画になった。12月21日には、YouTube史上初めて再生回数が10億回を超えた。
アメリカのビルボード「Hot 100」では最高2位。7週連続で2位にとどまり、1位のマルーン5「One More Night」を最後まで抜けなかった。
2位が続いていた2012年10月4日、PSYはソウル市庁前のソウル広場で無料コンサートを開いた。警察の推計で約8万人が集まっている。
2014年12月には、再生回数が21億4,748万3,647回を超えた。これは32ビットの整数で表せる上限で、YouTubeはカウンターを64ビットに切り替えた。
「江南スタイル」は2017年7月まで、YouTubeの再生回数1位を守った。そして公開から14年が過ぎた2026年7月17日、再生回数は60億回を超えた。
5. 「あと一曲だけ」― 江南スタイルのあと
2013年4月の「GENTLEMAN」は、Hot 100で5位まで上がった。
2014年6月には、スヌープ・ドッグと組んだ「HANGOVER」を発表する。Hot 100では26位だった。
2015年12月の7thアルバムからは、2NE1のCLが参加した「DADDY」と「ラッパズボン(나팔바지)」。「DADDY」はHot 100で97位に入った。
2017年5月の8thアルバムでは、「I LUV IT」と「New Face」をダブルタイトル曲にした。
2018年にYGを離れ、2022年4月29日に9thアルバム『PSY 9th(싸다9)』を出す。タイトル曲「That That」は、BTSのSUGAがプロデュースとフィーチャリングを担当した。Hot 100では80位。PSYにとって7年ぶりのチャート入りである。
PSYは2022年、ニューヨーク・タイムズのインタビューで、自分に「あと一つだけやろう」と言い続けてきたと振り返っている。2026年5月に放送されたCNNのドキュメンタリーでは、「江南スタイル」の成功を「歌手としては一生その恩恵を受けているが、作曲家としては夢であると同時に悪夢」と表現している。
6. 夏の名物『PSYびしょ濡れショー』
『PSYびしょ濡れショー(싸이 흠뻑쇼)』、英語名は「SUMMER SWAG」。客席に大量の水をまく夏の野外コンサートで、2011年8月にソウルの蚕室(チャムシル)総合運動場の補助競技場で始まった。2012年のあとしばらく間が空き、2017年から全国ツアーとして復活。コロナ禍の2020〜2021年は休み、2022年に再開した。
2022年には、水の使用量が議論になった。PSYがテレビ番組で、1公演あたり飲用水を300トンほど使うと話し、深刻な日照りが続いていたため、批判の声が上がったのである。
その2022年のソウル公演には、SUGAが予告なしに登場した。
デビュー曲の「鳥」は、いまもこのショーで歌われている。下は2024年のステージで、続けて歌っているのは2010年の曲「芸術だ(예술이야)」である。
2025年は9都市を回り、BLACKPINKのROSÉがゲストで登場して「APT.」を歌った。
2026年は6月27日の議政府(ウィジョンブ)から8月23日の大田(テジョン)まで、9都市で14公演。60億回再生を超えた翌日の果川(クァチョン)公演では、PSYがミュージックビデオと同じ水色のジャケットと黒い蝶ネクタイでステージに立った。
7. P NATION ― 社長としてのPSY
YGを離れたPSYは、自分の事務所P NATION(피네이션)を立ち上げ、2019年1月に本格的に始動した。
最初の所属アーティストはJessi(제시)。続いて2019年にHYUNA、DAWN(던)、Crush(크러쉬)が、2020年にHeize(헤이즈)が、2021年にSwings(스윙스)が加わった。Jessiの「ヌンヌナンナ(눈누난나)」やHYUNAの「I’m Not Cool」が、この時期に出ている。
しかし2022年7月にJessiが、8月にHYUNAとDAWNが、契約満了で事務所を離れた。Swingsもその後に離れ、Heizeは2026年6月30日で契約を終えている。
現在の所属は、Crush、MAMAMOOのHWASA(화사)、ボーイズグループのTNX、ガールズグループのBaby DONT Cryである。下はCrushが2022年に出した「Rush Hour」で、BTSのj-hopeが参加している。
2023年6月に加わったHWASAは、2025年10月に出した「Good Goodbye」で、韓国の主要音源チャートをすべて制する「パーフェクト・オールキル」を同年11月30日に達成した。
TNXは、SBSのオーディション番組『LOUD(라우드)』から生まれたグループである。下は2026年8月の新曲「Die Another Day」。
Baby DONT Cryは、P NATIONが初めて送り出したガールズグループで、2025年6月23日に「F Girl」でデビューした。i-dleのソヨン(소연)がプロデュースに参加している。
8. 日本との接点
PSYは「江南スタイル」の半年前に、日本のステージに立っている。2012年1月、大阪の京セラドームで開かれたYGファミリーコンサートである。フジテレビの『めざましテレビ』は、韓国では有名だが今日は少しぽっちゃりした新人、という趣旨の字幕でPSYを紹介した。
ところが、その年の夏に世界を席巻した「江南スタイル」は、日本ではほとんど話題にならなかった。韓国のスポーツ京郷(스포츠경향)は2012年11月、アメリカやカナダのiTunesで1位になったこの曲が、日本のiTunesでは50位にとどまっていると報じ、背景として当時の日韓関係の悪化を挙げている。
PSYが日本で初めて「江南スタイル」を披露したのは、2014年4月のYGファミリーコンサートだった。京セラドームに約5万人が集まり、アンコールでこの曲が歌われた。
いま日本とのつながりを担っているのは、P NATIONの後輩である。Baby DONT Cryは4人のうちクミ(쿠미)とミア(미아)の2人が日本出身で、2026年2月にはテレビ東京の音楽番組に出演した。
9. 「江南スタイル」が残したもの
ソウル・江南区のCOEX東側の広場には、馬ダンスの手首をかたどった高さ5.3メートルの青銅のオブジェが立っている。2016年4月に江南区が設置したものだ。
K-POPが世界のポップ市場でまだ注目されていなかった時期に、韓国語の歌がHot 100の2位に7週間とどまった。韓国メディアはこの曲を、世界にK-POPブームを起こした出発点と位置づけている。
最後に、最近の出来事にも触れておく。PSYは2022年から2025年にかけて、対面の診察を受けずに向精神薬の処方を受け、マネージャーに受け取らせたとして、医療法違反の疑いで捜査を受けた。2026年9月15日、ソウル西部地方裁判所は罰金500万ウォンの略式命令を出している。PSY側は、睡眠薬の代理受け取りは明白な過ちだったとして謝罪した。
日本の読者へ
日本では「江南スタイル」のブームを体感しにくかったぶん、PSYは「昔、一曲だけ流行った人」に見えるかもしれない。けれども韓国では、25年分のヒット曲でスタジアムを満員にし続けている歌手である。
最初に見るなら、次の5本をすすめたい。
- 「江南スタイル」ミュージックビデオ
- 「チャンピオン」
- 「芸能人」びしょ濡れショー2025のステージ
- 「That That」(prod. & feat. SUGA)
- 「江南スタイル」ソウル広場ライブ(2012年)
※アイキャッチ画像:Gangnam Style PSY 08logo (8037753817).jpg by Korea.net/Korean Culture and Information Service(Wikimedia Commons、CC BY-SA 2.0)

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