SHINee(샤이니)の日本での歩みは、日本のファンのほうがよく知っているはずだ。この記事で書きたいのは、その反対側である。韓国でSHINeeはどう受け止められ、どんな言葉で語られてきたのか。2008年のデビューから2026年の今までをたどってみる。
1. 2008年、「ヌナ」に歌いかけた少年たち
SHINeeは2008年5月25日、SBS『人気歌謡(인기가요)』でデビューした。メンバーはオンユ(온유)、ジョンヒョン(종현)、キー(키)、ミンホ(민호)、テミン(태민)の5人。デビュー曲は「누난 너무 예뻐(ヌナはとてもきれい)」、英題は「Replay」である。
「ヌナ(누나)」は、男性が年上の女性を呼ぶときの言葉だ。韓国メディアはこの曲が「ヌナ旋風(누나 열풍)」を起こしたと書き、歌だけでなく、スキニージーンズにハイカットのスニーカーという衣装まで話題になったと伝えている。
下はデビュー当日のステージである。
SMエンターテインメントがSHINeeにつけた看板は「コンテンポラリーバンド(컨템퍼러리 밴드)」だった。音楽、ダンス、ファッションのすべてで、いまの時代に合ったトレンドを示して引っぱっていくグループ、という意味である。
翌2009年5月には2枚目のミニアルバム『Romeo』を出し、タイトル曲「Juliette(줄리엣)」で活動した。
2. 「Ring Ding Dong」と「修能禁止曲」
2009年10月に出た「Ring Ding Dong」は、ユ・ヨンジン(유영진)が作った曲である。アフリカのコンゴドラムとエレクトロのシンセサイザーを組み合わせた、いわゆるフックソングだ。
この曲は韓国で、ヒット曲とは別の肩書きを持っている。「修能禁止曲(수능 금지곡)」である。
修能(수능)は大学修学能力試験の略で、毎年11月に行われる韓国の大学入試だ。試験中に頭の中で同じフレーズが回りつづけては困る。そこで、中毒性が強すぎて試験前に聴いてはいけない曲を、韓国では冗談まじりに「修能禁止曲」と呼ぶ。
その代表が「Ring Ding Dong」だ。2015年11月、SBSのラジオ番組はビッグデータ分析の結果として「修能禁止曲」1位がこの曲だったと伝え、釜山日報(부산일보)も同じ時期に「修能の前には絶対に聴くな」という見出しの記事を出した。同紙によれば、4分ほどの曲の中で「リンディンドン」という言葉が20回あまり出てくる。ネットの掲示板には「リスニングの時間に歌詞が浮かんで集中できなかった」「この曲のせいで浪人した」という書き込みが毎年のように見られるという。
3. 「Lucifer」「Sherlock」― 実験するアイドル
2010年7月の「Lucifer」は、韓国のアルバムチャートと音源チャートで1位を獲った。アーバン・エレクトロニカというジャンルと、左右非対称の振り付けが話題になった曲である。
2012年3月の「Sherlock・셜록(Clue + Note)」は、作り方が変わっている。同じミニアルバムに入っている「Clue」と「Note」という別々の2曲を混ぜて、一つの曲にしたのだ。SMはこれを「ハイブリッド・リミックス」と呼び、韓国メディアは今も、この手法の最初の例としてこの曲を挙げる。
2013年は2月に「Dream Girl」、10月に「Everybody」を出した。この年のMelon Music Awardsでは、大賞にあたる「今年のアーティスト賞」を受けた。
4. 「View」― 清涼なSHINeeの完成
2015年5月、4枚目のフルアルバム『Odd』のタイトル曲として出たのが「View」である。ジャンルはディープハウス。作曲はイギリスのチームLDN Noiseで、歌詞はジョンヒョンが書いた。
韓国のスポーツ紙・スポーツ京郷(스포츠경향)は、デビュー15周年の記事でこの曲を「K-POPのディープハウスというジャンルを切り開いた代表曲」と呼び、「SHINeeらしい清涼感(청량함)」が込められていると書いた。
翌2016年10月の「1 of 1」は、80年代半ばから90年代初めに流行したニュージャックスウィングの曲である。
5. ジョンヒョン ― 歌う人であり、書く人だった
ジョンヒョンは、SHINeeのメインボーカルであると同時に、韓国では作詞・作曲家としても知られていた。
ほかの歌手に渡した曲のうち、とくに有名なものが二つある。一つはIU(아이유)の「憂鬱時計(우울시계)」(2013年)。ジョンヒョンが一人で作詞・作曲した曲で、本人は「眠れなくて憂鬱だった日に、その日のことを日記のように書いた」と話している。
もう一つは、イ・ハイ(이하이)の「ため息(한숨)」(2016年)である。曲を受け取ったイ・ハイは、「ほかの人から言ってもらいたかった言葉を歌詞にした曲」だと語った。
2014年2月3日から2017年4月2日までは、MBC FM4Uの深夜ラジオ『青い夜、ジョンヒョンです(푸른 밤 종현입니다)』のDJを務めた。毎晩0時から2時まで、3年あまり、リスナーの悩みに耳を傾けつづけた。ソロ曲「一日の終わり(하루의 끝)」も、あわせて聴いてほしい。
2017年12月18日、ジョンヒョンは世を去った。
没後に発表されたアルバム『Poet | Artist』のタイトル曲は「Shinin’(빛이 나)」という。2018年9月、遺族はこの曲名を取った財団法人「ピチナ(빛이나)」を設立した。理事長はジョンヒョンの母が務め、彼が残した音楽の著作権料をもとに、所属事務所のない若い芸術家の支援や、心のケアのための事業を行っている。SMは命日の12月18日に、「いつもあなたを愛しています」という言葉とともに彼のステージ写真を公開してきた。
6. 4人のSHINee、そして軍白期
2018年5月、SHINeeは6枚目のフルアルバム『The Story of Light』で戻ってきた。3枚に分けて順に出す構成で、最初のタイトル曲が「Good Evening(데리러 가)」である。
3枚目のタイトル曲「Our Page(네가 남겨둔 말)」は、メンバーがジョンヒョンへの思いを込めた曲だと韓国メディアは伝えた。
その後、オンユ、キー、ミンホが順に入隊する。韓国ではアイドルが兵役で活動できない期間を「軍白期(군백기)」と呼ぶ。3人が除隊したあとの2021年2月22日、約2年6か月ぶりのアルバム『Don’t Call Me』が出た。
テミンは2021年5月に入隊し、2023年4月に除隊した。同年6月、デビュー15周年のフルアルバム『HARD』が発売される。ただしオンユは健康上の理由で、このときの活動には加わらなかった。
7. 一人でも名が通る
テミンは2014年8月、「Danger(괴도)」でソロデビューした。SM所属の男性グループのメンバーがソロアルバムを出したのは、これが初めてだった。
2017年の「MOVE」では、「ムーブ病(무브병)」という言葉が生まれた。この曲の振り付けをまねせずにいられなくなる、という意味の冗談で、多くの歌手がカバーした。
キーは、韓国ではバラエティタレントとしての顔も持つ。MBC『私は一人で暮らす(나 혼자 산다)』と、tvN『驚きの土曜日(놀라운 토요일)』のレギュラーだった。『私は一人で暮らす』では、入隊前のテミンを家に呼んで手料理をふるまう回がある。
ミンホには、デビュー初期から「炎のカリスマ(불꽃 카리스마)」という呼び名がついて回った。運動神経がよく負けず嫌いで、アイドルの運動会番組『アイドルスター選手権大会』、通称「アユクデ(아육대)」では初回からメダルをさらった。映画『ケチュンばあちゃん(계춘할망)』やドラマ『花郎(화랑)』など、俳優としての出演作も多い。
オンユは2023年3月にソロアルバム『Circle』で活動したが、同年6月から健康上の理由で活動を休んだ。2024年4月に復帰し、9月には「beat drum(매력)」をタイトル曲とするミニアルバム『FLOW』を出した。
8. 所属は分かれても、SHINeeはSMで
2024年3月末、オンユとテミンはSMとの個人契約を終えた。オンユは同年4月に新しい事務所のグリフィンエンターテインメント(그리핀엔터테인먼트)と契約した。テミンは同じ月にビッグプラネットメイドエンタ(빅플래닛메이드엔터)へ移ったが、2026年2月に契約が終わり、3月にG-DRAGONらが所属するギャラクシーコーポレーション(갤럭시코퍼레이션)と専属契約を結んだ。キーとミンホはSMと再契約している。
個人の所属は分かれたが、グループとしての活動はSMで続いている。
2025年5月25日、デビュー17周年の日に出たシングルが「Poet | Artist」である。ジョンヒョンが生前、SHINeeのために作詞し、作曲にも加わった曲だ。
2025年12月には、キーをめぐる報道があった。医師の資格を持たない人物から自宅で診療を受けていたという内容で、SMは「キーは相手を医師だと思っていた」と説明し、本人も謝罪した。キーは出演していたバラエティ番組をすべて降り、活動を止めた。
復帰は2026年5月である。SHINeeは5月29日から31日までソウルのKSPO DOMEで8回目の単独コンサートを開き、6月1日に6枚目のミニアルバム『Atmos』を出した。タイトル曲はエレクトロニック・ハウスを土台にしたダンス曲で、韓国メディアは「『View』が好きな人は集まれ」という見出しをつけ、「清涼なSHINee」の系譜を継ぐ曲として紹介した。キーは音楽活動には戻ったが、2026年10月の時点で、テレビのバラエティには復帰していないと報じられている。
9. 「アイドルのアイドル」
スポーツ京郷は、デビュー15周年の記事でSHINeeを「『アイドルのアイドル』に数えられる」グループだと書いた。グループとしてもソロとしても成果を出し、多くのK-POPアーティストの手本に挙げられてきた、という評価である。
振り返ってみると、タイトル曲のたびに違うことをやっている。コンゴドラム、ハイブリッド・リミックス、ディープハウス、ニュージャックスウィング。デビューのときに掲げた「コンテンポラリーバンド」という看板を、18年たった今も下ろしていない。
日本の読者へ
日本語曲でSHINeeを好きになった人には、韓国語のタイトル曲を発売順に聴いてみることをすすめたい。「ヌナ」と歌っていた少年たちが「アイドルのアイドル」と呼ばれるまでの道のりが、音の変化で分かるはずだ。
最初に聴くなら、次の5曲である。
- 「Replay(누난 너무 예뻐)」
- 「Ring Ding Dong」
- 「Sherlock・셜록(Clue + Note)」
- 「View」
- 「Poet | Artist」
そして11月、韓国のニュースに「修能禁止曲」という言葉が出てきたら、「Ring Ding Dong」を思い出してほしい。
※アイキャッチ画像:Shinee at the SHINee World Concert III in Taiwan.jpg by Sparking(Wikimedia Commons、CC BY 4.0)

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