H.O.T.とジェクスキスとは?K-POPアイドルシステム誕生の物語 — 推しカラーも応援グッズの原点もここに

今のK-POPアイドルには当たり前のこと――練習生期間、メンバーごとの担当カラー、色に染まる応援グッズ、そして事務所同士のファンダム対抗戦。この「当たり前」がすべて初めて登場した時代があります。1996年のH.O.T.(エイチオーティー)と、1997年のジェクスキス(젝스키스)。ソテジワアイドゥルが去った場所から、K-POP第1世代が始まった物語です。

ソテジが去った1996年、「企画されたアイドル」が登場した

1996年1月、ソテジワアイドゥル(서태지와 아이들)の突然の引退で、10代の心に巨大な空白が生まれました(この経緯はソテジワアイドゥルとは?韓国歌謡界を一夜でひっくり返した”K-POPの原点”に詳しくまとめています)。その年の9月7日、その空白を正確に狙った5人組がデビューします。H.O.T.でした。

ソテジワアイドゥルとの決定的な違いは「作られ方」です。ソテジワアイドゥルはミュージシャン自身がチームを組んだケースでしたが、H.O.T.はSMエンターテインメントのイ・スマン(이수만)が「10代が求めるもの」をリサーチしたうえで、キャスティング→トレーニング→デビューという工程で「制作」したグループです。ストリートキャスティング、練習生(연습생/ヨンスプセン)期間、合宿生活――今のK-POP育成システムの原型が、ここから始まりました。

デビュー曲「전사의 후예(チョンサエ フエ/戦士の末裔)」は、いじめや学校暴力を正面から扱った、重く激しいヒップホップでした。黒ずくめの衣装に、叫ぶようなラップ。「アイドル」という言葉から想像するものとは正反対の登場です。まずは強烈な一撃で「ただのかわいい新人ではない」という存在感を刻み込みました。デビュー直後のステージがこちらです。

H.O.T. – 전사의 후예(戦士の末裔)1996年10月のステージ(出典:MBCkpop公式)

ところが、本当のシンドロームを起こしたのは、まったく逆方向の後続曲「캔디(ケンディ/Candy)」でした。カラフルなもこもこの衣装、明るい振り付け、頬に描かれたペイント。そしてメンバーごとに決められた色と番号。今では当たり前の「推しカラー」文化の元祖です。

この「強烈な曲でデビューして存在感を刻み、返す刀でかわいい路線に切り替えてお茶の間まで掴む」という二段構えのコンセプトチェンジ戦略が生まれたのも、まさにこのときです。激しいパフォーマンスで実力とメッセージを見せてから、明るい曲で一気に大衆へ浸透する——H.O.T.が成功させたこの公式は、その後の世代のK-POPグループにも形を変えながら受け継がれていきます。

H.O.T. – Candy(1996年、出典:MBCkpop公式)

翌年登場したライバル、ジェクスキス

H.O.T.の成功を見て、1997年4月15日、大成企画(대성기획/現DSPメディア)が6人組のジェクスキス(젝스키스)をデビューさせます。グループ名はドイツ語で「6つの水晶」という意味。デビュー曲「학원별곡(ハグォンビョルゴク/学園別曲)」は受験競争を批判した曲で、ファーストアルバムは発売4週間で30万枚を売り上げました。

曲調も立ち位置もH.O.T.とは少しずつ違いました。よりストリート寄りのファッション、より「お兄さん」的な雰囲気。同世代に2つの選択肢が生まれたことで、教室の中は自然と2つの陣営に分かれていくことになります。

ジェクスキス – 학원별곡(学園別曲)(出典:MBCkpop公式)

白 対 黄色 — K-POP初のファンダム戦争

H.O.T.の白い風船 対 ジェクスキスの黄色い風船。1997年から1999年まで、音楽番組の観覧席はこの2色に割れていました。K-POP史上初の、本格的なアイドルファンダム対抗戦です。

当時の勢力図を表した有名なたとえが「目玉焼き」です。白い風船の海の真ん中に、黄色い風船のかたまりが島のように浮かぶ光景が目玉焼きのようだった、というもの。規模はH.O.T.側が大きかったものの、ジェクスキスのファンダム「옐로우키스(イエローキス)」の結束も、それに劣らず強いものでした。

競争は応援席の色にとどまりませんでした。放送局前の応援場所をめぐる争いが起きて警察が出動し、「10代の少女たちの応援活動の過熱」が新聞記事になったことも。アルバム売上、授賞式の大賞、年末のステージ順――すべてが対決の材料でした。今のファンダムが音源ストリーミングや投票で競う文化の原型は、この時代にすでに完成していたわけです。

そしてこの構図は「SM 対 ライバル事務所」という、その後20年以上繰り返される対決構図の第1ラウンドでもありました。この流れが第2世代・第3世代へどうつながるかはK-POPの「世代」って何?第1世代から第5世代まで一気に整理をどうぞ。

突然の別れ — 2000年と2001年

ジェクスキスは2000年5月、活動3年1か月で解散を発表します。H.O.T.も2001年、メンバー5人が3対2に分かれる形で事実上解散しました。どちらも全盛期の真っ只中での別れだったため、ファンの受けた衝撃は大きなものでした。

デビューから解散まで、ジェクスキスは約3年、H.O.T.も約5年。今の感覚だと信じられないほど短いのですが、「アイドルグループは長く続くもの」という常識自体が、まだ存在しなかった時代の話です。

この時代をそのまま詰め込んだドラマ「応答せよ1997」

この時代の空気を知りたいなら、いちばん早い方法があります。2012年のtvNドラマ「응답하라 1997(ウンダプハラ1997/応答せよ1997)」です。釜山の女子高生でH.O.T.トニー・アンの熱烈なファン、ソン・シウォン(演:チョン・ウンジ)が主人公で、1997年のファンダム文化がそのまま詰まっています。

シウォンの親友ユジョンはジェクスキスのファン。仲良しの2人が、推しグループのことになると髪をつかみ合ってケンカする場面が出てきますが、これが誇張ではなく当時の日常だったというのが、このドラマの妙味です。先ほどの「目玉焼き」のたとえも、このドラマのセリフで広く知られるようになりました。

韓国ではこの作品が「応答せよ」シリーズの第1作としてシンドロームを起こし、90年代レトロブームと、その後の2グループの再結成ムードを作るのにも一役買いました。韓国ドラマがお好きな方なら、K-POP第1世代の入門教材としてこれ以上の作品はありません。日本でも視聴できる配信サービスがあります(配信状況は変わることがあります)。

「応答せよ1997」H.O.T.ファン対ジェクスキスファン(出典:tvN D STUDIO公式)

「無限に挑戦」が起こした再結成、そして26年後の「Candy」

この物語には後日談があります。2016年4月15日――デビューからちょうど19年になる日、MBCのバラエティ「무한도전(ムハンドジョン/無限に挑戦)」のゲリラコンサートで、ジェクスキスが16年ぶりにステージに立ちました。黄色い風船を持った30〜40代のファンが涙の海を作り、グループはその後YGエンターテインメントと契約して現在も活動中です。

H.O.T.も2018年、同じ番組の企画「トトガ3」で17年ぶりに完全体のステージに立ちました。800席規模で企画された公演に約17万人が応募し、会場をオリンピックホールに移すことになったほどです。

そして2022年12月、SMの後輩グループNCT DREAMが「Candy」をリメイクしてタイトル曲として発表しました。メンバー全員が、原曲の発表後に生まれた世代です。白い風船と黄色い風船の時代から四半世紀――H.O.T.とジェクスキスが作った形式の上に、今のK-POPが立っています。

NCT DREAM「Candy」MV(出典:SMTOWN公式)

練習生、推しカラー、応援グッズ、ファンダム対抗戦――今みなさんが知っているK-POPの文法は、ほとんどすべてこの2組の時代に作られました。ソテジワアイドゥルが「K-POPの原点」なら、H.O.T.とジェクスキスは「K-POPアイドルの原点」。次に推しのカラーのペンライトを振るとき、その色の先祖が白と黄色の風船だったことを、少しだけ思い出してみてください。

アイキャッチ画像:Photo by Mcjoun, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(H.O.T.のチャン・ウヒョク、2012年)

フィードバック

  1. […] ファン同士の会話やSNSで「오빠」と呼ぶことは、今でもよくあります。ただ歌詞や公式コンテンツからは確実に減った —— このくらいの感覚を知っておくと、世代ごとの曲を聴くときの楽しみがひとつ増えます。アイドルとファンの呼び方がどう作られてきたかは、H.O.T.とジェクスキス ― K-POPアイドルシステム誕生の物語 のほうも読んでいただくと流れがつかめます。 […]

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  2. […] ここで男性側とまったく同じ方程式が見えます。SMが5人組のH.O.T.を出すとテソン企画は6人組のジェクスキスを出し、SMが3人組のS.E.S.を出すと4人組のFin.K.Lを出しました。相手より一人多く。偶然というには正確すぎるパターンです。この「+1」がどこから始まったのかは、H.O.T.とジェクスキスの記事のほうに詳しく書きました。 […]

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